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【アラベスク】  第9章 蜜蜂



第2節 水と油 [13]




 切れてしまった携帯に思わず目を見開く聡と瑠駆真。二人に握り締められた携帯に伸ばされた第三の腕。辿っていくと、その先には―――
「切ってって言ってんだから、切ってあげなよ」
 呆れたようなツバサの視線。
「それとも何? 美鶴のサイズ、聞きたかった?」
 あれだけ叫んでいたのだ。ツバサにもコウにもまったく筒抜け。
 軽蔑を含んだツバサの双眸に、聡の顔が紅潮する。
「なっ なに言ってんだよ。バカっ 俺は別に」
「だったらこれでいいわよね? 学校が終わったら来てもいいって言ってたんだし」
 携帯から手を離し、顎をあげるツバサ。
 携帯を握り締めながら、しばし唖然とする二人。やがてお互い顔を見合わせ、無言のまま頷く。
 抜け駆けするなよ? 行く時は一緒だ。
 それはこっちのセリフだよ。
 などと目で会話する二人の間に、さりげなくコウが入り込む。
「あのさぁ」
「なんだ?」
「もう、予鈴鳴ったんだけど」
 言われて腕時計を見てみれば、なるほど、あと数分で午後の授業が始まってしまう。
「とりあえず、終わったら校門な」
 と叫んで駆け出す聡。わかったと答えて瑠駆真も駆け出す。全力疾走で教室を目指し、聡は両手を握り締める。その手に広がる、柔らかな温もり。
 美鶴のブラのサイズって………
 途端に広がる甘い香り。触れた時の、抱きしめた時の心地よさと切なさ。まるで心臓を握り締められるかのような息苦しさ。
 美鶴の………
 慌ててブンブンと頭を振る。
「何やってんだ?」
 瑠駆真の問い掛けに、無意識に視線を背ける聡。
「何でもねーよ」
「なんだよ、それ」
「別に。たださ、美鶴とおばさん、しょっちゅう口喧嘩してるなって思ってさ」
「美鶴が一方的に反発してるだけのような感じもするけど。合わないのかな?」
 だが瑠駆真の言葉に、聡は笑った。
「いや、むしろ、ある意味お似合いだ」
 そんな二人の後を追うように、ツバサとコウが並んで走る。
「そう言えばさ」
 走りながら口を開くコウ。
「何?」
 こちらも走りながら律儀に応対するツバサ。
「なんで大迫は、ツバサに電話してきたんだ?」
 美鶴は誰とも話をしたくはなかったはずだ。
 首を捻るコウに、ツバサが苦笑する。
「美鶴ね、シャンプーの話題を持ち出すと、ほとんど必ず反応してくれるのよ」
「シャンプー?」
「うん。だからね、昼休みが始まった時にメールしてみたんだ。あのシャンプー、十月から値上げするって業者のホームページにあったんだけど、知ってる? ってね。詳しく知りたいなら電話ちょうだい。って書いたら、やっぱり電話してきたね」
「へぇ、シャンプーねぇ?」
 その会話を、前を走る瑠駆真がぼんやりと聞く。
 シャンプー?
 その時ちょうど、本鈴が鳴った。





 あの女、いつかコロス。
 ベッドに腰をおろし、美鶴はグッと拳を握る。
 三時に出掛けると言っていた母親の詩織は、結局家に居てもつまらないと言って早々に出て行ってしまった。
「美鶴のブラのサイズごときで黙っちゃうなんて、聡くんも瑠駆真くんも可愛いわねぇ。生意気盛りの高校生とは言っても、やっぱり初心(うぶ)ね」
 などと大声で笑いながらベタベタとファンデーションを塗りたくる母の後姿に、美鶴は全身を震わせた。
 その顔にその奇声。まさに妖怪。いつか成敗してくれる。
 このトラブルメイカーめっ!
 午後の授業はそろそろ終わる。やがて、聡と瑠駆真が来るはずだ。







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